日本の公的年金制度は国民の老後の生活を支える極めて重要な社会インフラですがその仕組みは非常に複雑であり専門的な知識を持たない一般の生活者にとっては理解が難しい部分が多々存在します。夫婦ともに会社員や公務員として長年働き厚生年金保険料を納めてきた共働き世帯において万が一夫が先に亡くなってしまった場合残された妻の年金収入は一体どのように変化するのでしょうか。長寿化が進む現代において夫婦の年金は老後の生活設計における最大の柱となりますが配偶者の死亡という不測の事態が発生した際に自身の厚生年金と夫の遺族厚生年金がどのように調整されるのかについて正確に理解している方は決して多くありません。本記事では夫婦で厚生年金を受給している状況において夫が死亡した際に発生する遺族年金の受給ルールや複雑な計算仕組みそして必要な行政手続きに至るまで徹底的に解説を行います。制度の概要から具体的なシミュレーションの考え方まで網羅していますので将来の不安を解消するための知識としてぜひご活用ください。
夫婦で厚生年金を受け取っている状況で夫死亡した場合の基本制度

日本の公的年金制度における遺族年金の基本的な位置づけ
日本の公的年金制度は一階部分が日本国内に住む二十歳以上六十歳未満のすべての人が加入する国民年金すなわち基礎年金であり二階部分が会社員や公務員が加入する厚生年金という二階建ての構造になっています。老後に受け取る老齢年金だけでなく加入者が亡くなった際に残された家族の生活を保障するための遺族年金についても同様に一階部分の遺族基礎年金と二階部分の遺族厚生年金の二種類が存在しています。遺族年金は一家の稼ぎ手を失った遺族が経済的な困窮に陥ることを防ぐための極めて重要なセーフティネットとして機能しており亡くなった方の過去の年金加入状況や保険料の納付実績そして残された遺族の年齢や収入要件などによって受け取れる年金の種類および金額が厳密に決定される仕組みとなっています。
遺族基礎年金と遺族厚生年金の受給要件の決定的な違い
遺族基礎年金と遺族厚生年金は制度の目的が異なるため受給できる対象者の範囲に明確な違いが設けられています。遺族基礎年金は主に働き盛りで亡くなった方の子育て世代を救済するための制度設計となっており対象となるのは原則として十八歳到達年度の末日までにある子を持つ配偶者または子そのものに限定されています。したがってすでに子供が独立し老齢年金を受給している高齢の夫婦においては夫が死亡しても妻が遺族基礎年金の受給要件を満たすことは通常ありません。一方で遺族厚生年金は厚生年金保険の被保険者期間がある方が亡くなった場合にその方に生計を維持されていた遺族に対して支給されるものであり子の有無にかかわらず妻であれば年齢などの一定の要件を満たすことで受給の対象となります。そのため老後の夫婦における夫の死亡時には主にこの遺族厚生年金が重要な生活資金源となります。
共働き世代の年金受給における一人一年金の原則とは何か
公的年金制度を理解する上で絶対に避けて通れないのが一人一年金の原則という大前提となるルールです。これは一人の人間が国民年金や厚生年金などの複数の年金受給権を同時に満たした場合であっても原則としていずれか一つの年金しか受け取ることができず重複して全額を受け取ることはできないという厳格な決まりです。夫婦で厚生年金に加入しそれぞれが老齢厚生年金を受給している妻が夫の死亡により新たに遺族厚生年金の受給権を得た場合妻には自身の老齢厚生年金と夫からの遺族厚生年金という二つの厚生年金受給権が同時に発生することになります。しかしこの一人一年金の原則が適用されるためこれまで自身が受け取ってきた老齢厚生年金に加えて夫の遺族厚生年金を単純に全額上乗せして受け取ることは法律上不可能となっています。
平成十九年の年金制度改正がもたらした大きな影響と変更点
かつての年金制度においては夫婦ともに厚生年金を受給している状況で夫が死亡した場合妻は自身の老齢厚生年金と遺族厚生年金のどちらか金額が高い方を自由に選択して受給することが可能でした。しかし平成十九年四月に施行された年金制度改正によりこの共働き夫婦における遺族年金の受給ルールは大きく変更されることとなりました。制度改正以降は自身の老齢厚生年金と遺族厚生年金を選択する仕組みは廃止され六十五歳以上の配偶者が遺族厚生年金の受給権を取得した場合には必ず自身の老齢厚生年金を優先して全額受給しなければならないという規定が設けられました。そして計算された遺族厚生年金の額が自身の老齢厚生年金の額を上回る場合に限りその差額分のみが遺族厚生年金として追加で支給されるという差額支給の仕組みへと一本化されたのです。
夫婦で厚生年金に加入していた妻が夫死亡後に受け取る年金額の計算方法
夫の老齢厚生年金を基準とした原則的な算出パターンの詳細
妻が受け取ることができる遺族厚生年金の総額を算出するにあたってはまずベースとなる金額を決定する必要があります。最も基本となる第一の計算式は亡くなった夫の老齢厚生年金の報酬比例部分の金額に四分の三を乗じるというものです。夫が現役時代に納めた厚生年金保険料の額と加入期間の長さに比例して計算される老齢厚生年金の報酬比例部分のうちその七十五パーセントに相当する金額が原則的な遺族厚生年金の額として算出されます。例えば夫の老齢厚生年金の報酬比例部分が年間百二十万円であった場合その四分の三である年間九十万円が遺族厚生年金のベースとなる金額として算定されることになります。専業主婦世帯など妻自身の厚生年金加入期間がないか非常に短い場合にはこの第一の計算式で算出された金額がそのまま遺族厚生年金として支給されることになります。
夫婦それぞれの老齢厚生年金を合算して半分にする計算方式
共働き夫婦で長期間厚生年金に加入していた場合先述の第一の計算方式に加えてもう一つの特例的な計算方式が用意されており両者を比較して最終的に金額が高い方が自動的に遺族厚生年金の額として採用される有利な仕組みになっています。その第二の計算方式とは亡くなった夫の老齢厚生年金の報酬比例部分の半分と残された妻自身の老齢厚生年金の報酬比例部分の半分を足し合わせるという合算分割方式です。この方式は夫婦が協力して築き上げた年金記録を夫婦の共有財産とみなし半分ずつ分割するという発想に基づいています。例えば夫の老齢厚生年金が百二十万円で妻の老齢厚生年金が八十万円であった場合夫の半分の六十万円と妻の半分の四十万円を合算した百万円が遺族厚生年金のベース額として算出されます。この場合第一の計算式の九十万円よりも高くなるため百万円が採用されます。
自身の老齢厚生年金との差額支給という複雑な仕組みの具体例
第一の計算式と第二の計算式を比較して高い方の金額が遺族厚生年金の総額として決定された後最終的に妻の口座に振り込まれる金額の算定に入ります。ここで適用されるのが前述した一人一年金の原則に基づく差額支給のルールです。具体例として採用された遺族厚生年金の総額が百万円であり妻自身の老齢厚生年金が八十万円であったケースを想定します。この場合妻はまず自身の老齢厚生年金である八十万円を全額受給します。そして遺族厚生年金の総額である百万円から自身の老齢厚生年金である八十万円を差し引いた残りの二十万円のみが遺族厚生年金という名目で支給されることになります。つまり合計の受給額は百万円となります。もし妻自身の老齢厚生年金が百二十万円あり遺族厚生年金の総額である百万円を上回っている場合は遺族厚生年金の支給額はゼロとなり自身の老齢厚生年金百二十万円のみを受給し続けることになります。
中高齢寡婦加算や経過的寡婦加算が適用される条件と注意点
遺族厚生年金には残された配偶者の生活をさらに手厚く支援するために一定の要件を満たす妻に対して手当が上乗せされる加算制度が存在します。代表的なものが中高齢寡婦加算であり夫が亡くなった時点で妻が四十歳以上六十五歳未満でありかつ遺族基礎年金を受け取ることができない場合に妻が六十五歳になるまでの間一定額が遺族厚生年金に加算される制度です。しかしこの中高齢寡婦加算は妻が六十五歳に達して自身の老齢基礎年金を受給し始めると打ち切られてしまいます。その際六十五歳以降の年金額が急激に減少するのを防ぐために妻の生年月日に応じて一定額が加算されるのが経過的寡婦加算です。ただしこれらの加算制度は遺族厚生年金の本体部分が支給されていることが前提となるため妻自身の老齢厚生年金が高く遺族厚生年金が全額支給停止となっている場合には加算部分も受け取ることができないという点に十分な注意が必要です。
共働き夫婦で厚生年金を受給中に夫死亡した際の手続きと注意点
年金受給権者死亡届の提出期限と未支給年金の請求手続き
夫が亡くなった際には深い悲しみの中で葬儀や相続など様々な行政手続きを速やかに進めなければなりません。公的年金に関する手続きも例外ではなくまず最初に行うべき最優先事項は年金受給権者死亡届の提出です。老齢厚生年金を受給していた方が亡くなった場合死亡日から十日以内に年金事務所または街角の年金相談センターへ速やかに届け出を行う義務があります。この手続きが遅れると亡くなった夫の口座に年金が過大に振り込まれてしまい後日一括で返還を求められるなどの深刻なトラブルに発展する恐れがあります。また年金は亡くなった月の分まで支給されるため夫が生前に受け取るはずであったにもかかわらずまだ受け取っていなかった未支給年金が存在する場合は残された遺族が未支給年金請求書を提出することでその年金を受け取ることが可能となります。
遺族厚生年金を請求するために必要となる公的書類の一覧
死亡届の提出と合わせて残された妻が新たに遺族厚生年金を受け取るためには年金請求書と呼ばれる専用の書類を作成し管轄の年金事務所等へ提出しなければなりません。この請求手続きにおいては亡くなった夫と残された妻の身分関係や同居の事実あるいは生計を維持されていたという経済的な依存関係を公的に証明するための様々な書類を漏れなく添付する必要があります。必須となる基本書類としては亡くなった夫との婚姻関係および死亡の事実を証明するための戸籍謄本や亡くなった時点での世帯全員の住民票の写しそして生計維持関係を証明するための妻の所得証明書や非課税証明書などが挙げられます。さらに亡くなった夫の年金手帳や年金証書そして妻自身の年金手帳や年金証書さらに年金の受け取りを希望する金融機関の通帳のコピーなども必要となるため事前の周到な準備が不可欠です。
遺族年金は非課税であるという税務上の取り扱いや社会保険への影響
遺族厚生年金を受給する上で税務上の取り扱いや社会保険料への影響を正しく理解しておくことは老後の手取り収入を正確に計算し家計管理を行う上で非常に重要です。結論から申し上げますと遺族基礎年金および遺族厚生年金は所得税法上において非課税所得として扱われます。つまり遺族年金として受け取った金額がどれほど高額であったとしてもその金額に対しては所得税や住民税がいっさい課税されず確定申告の対象にもならないという手取り額における大きなメリットがあります。一方で国民健康保険料や後期高齢者医療制度の保険料を算定する基準となる所得には遺族年金は含まれませんが世帯の総収入としてカウントされる場面もあるため注意が必要です。また妻自身の老齢年金については通常通り雑所得として課税の対象となるため自身の年金と遺族年金を明確に区別して家計のシミュレーションを行うことが求められます。
将来の年金見込額を正確に把握するための事前の準備策
万が一の事態に備えて夫婦がそれぞれ将来受け取ることができる老齢年金の見込額や一方が亡くなった際に遺族年金として支給されるおおよその金額を元気なうちから事前に把握しておくことは老後のリスクマネジメントとして極めて有効な手段です。日本年金機構が無料で提供しているインターネットサービスであるねんきんネットに自身の基礎年金番号を登録すればいつでも二十四時間ご自身の最新の年金加入記録や将来の受給見込額を詳細にシミュレーションすることが可能です。また毎年誕生月に送られてくるねんきん定期便の内容を夫婦で共有しお互いの年金額を確認しておくことも大切です。もし計算方法が複雑でよくわからない場合や具体的な遺族年金の見込額を知りたい場合には全国の年金事務所に設置されている相談窓口やねんきんダイヤルを活用し年金記録に基づく正確な試算を専門家に依頼することをお勧めいたします。
夫婦で厚生年金を受給中に夫死亡した場合の仕組みについてのまとめ
今回は夫婦で厚生年金を受給中に夫死亡した場合の仕組みについてお伝えしました。以下に、今回の内容を要約します。
・日本の公的年金制度は国民年金と厚生年金の二階建て構造となっている
・遺族厚生年金は厚生年金に加入していた夫に生計を維持されていた妻が対象となる
・公的年金制度には原則として一人一年金という重複受給を制限するルールが存在する
・平成十九年の制度改正により自身の老齢厚生年金が必ず優先して支給される仕組みになった
・遺族厚生年金の額が自身の老齢厚生年金を上回る場合に限りその差額が支給される
・原則的な計算式は亡くなった夫の老齢厚生年金の報酬比例部分の四分の三である
・特例として夫婦の老齢厚生年金の報酬比例部分を半分ずつ合算する計算式も存在する
・原則と特例の二つの計算式を比較して金額が高い方が自動的に遺族厚生年金額となる
・妻自身の老齢厚生年金が高い場合は遺族厚生年金が全額支給停止となるケースがある
・一定要件を満たす妻には六十五歳まで中高齢寡婦加算が上乗せされる制度がある
・夫の死亡日から十日以内に年金事務所へ年金受給権者死亡届を提出する義務がある
・未支給年金が存在する場合は残された遺族が請求することで受け取ることができる
・遺族厚生年金の請求には戸籍謄本や住民票および所得証明書などの公的書類が必要となる
・遺族年金として受け取る全額は所得税法上非課税であり税金がかからない
・ねんきんネットや年金事務所を活用して生前から夫婦の年金見込額を把握しておくことが重要である
遺族年金の制度は非常に複雑ですが正しい知識を持つことで将来の経済的な不安を大幅に軽減することができます。今回の記事がご夫婦の老後の資金計画を冷静に見直すための有益な情報となれば幸いです。各種手続きや専門的な計算等で不明な点がある場合は速やかにお近くの年金事務所や社会保険労務士などの専門家へご相談されることを強くお勧めいたします。


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